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新潮45に『ハエ取り紙』のコラムが掲載!!
『新潮45』《平成12年11月号132〜135頁》に、カモ井ハエ取り紙のコラムが掲載されました。泉麻人の消えた日本というコーナーの中で「ハエ取り紙」はいま...という題材のコラムが掲載されています。4ページにわたって紹介された記事は読みごたえたっぷり!

《コラム内容は一部省略しておりますのでご了承ください。》


『新潮45』11月号掲載より一部抜粋


(一部抜粋させて頂きました)

現在国内唯一とされる「カモ井」というハエ取り紙のメーカーが、岡山県の倉敷に存在する。
僕が昨夏泊まった、京都山奥の農家で見掛けたそれも、このメーカーの「リボンハイトリ」というものだった。いったい「カモ井」とはどういった会社なのだろうか?ハエ取り紙のナゾを探求すべく新幹線で倉敷へと向かった。
観光地から外れた、倉敷市の西郊にカモ井の本拠はあった。
巨大なハエのオブジェこそなかったが、敷地を囲う万年塀に「カモ井のリボンハイトリ」と昔風の看板が堂々と提示されている。年季の入ったオフィス棟の一室で、鈴木専務からお話を伺うことになった。

中略《ハエ取り紙が普及した昭和の時代背景(ハエ取りデーやハイトリックという新兵器)が紹介される》

ハエと真剣に格闘していた当時の光景が浮かんでくる。ともかく、そんな一種『ハエ取りブーム』の時勢にカモ井の商品は世に放たれ、後世に生き残っていった、ということだろう。

ところで商品名の「ハイトリ」は、西日本の人がよくいう「ハイ」の発音を、そのままネームに採用したものだ。僕は「カモ井」の名を最初に聞いたとき、昔『リボンハイトリ』をよくぶら下げた日本間の「鴨居」を連想したのだが、これは創業者・鴨井利郎の姓に由来する。

下水整備の普及などで、市街からはハエが激減していく。現在、最盛期とくらべると、国内向けの需要は五分の一ほどになった。「ハエ取り紙の工場は、十一年前にタイのバンコクに移しました。一つには人件費の問題もあるのですが、東南アジアの方はまだ衛生状態のよろしくない地域が多いわけです」とはいえ、タイをはじめとする東南アジア諸国で、四十年前の日本のようにハエ取り紙がバカスカ売れる、というわけではないようだ。
「いま主に需要があるのは、東南アジアでも日本国内でも食品メーカーの工場。日本の場合そういった工場や養鶏場の衛生状態はぐっと改善されましたが、最近の虫混入食品のさわぎをみてもわかるように、一匹二匹のハエに対してよりナイーブになっている。クレームが付いたら命取りだから、一種のセンサーのようなものとして大量に使われているわけです。」
工場内にぶら下げた数十本のハエ取り紙に、せいぜい日に二、三匹のハエがくっついている・・・ほどの成果であったとしても、そこまで気を配っているということが、衛生管理の実証となるわけだ。

中略《現在クワガタムシやカブトムシを養殖している業者がハエ取り紙を使う時代になり、カモ井の主力商品も「粘着テープ」に代わっている。こうした中、何年かに一度、こんな粋な催しが行われる》

会社あげてのハエ供養。「いまでいうエバァホールを借りて、祭壇に大きなハエの遺影を飾りまして読経の後順に社員一人づつ焼香をする。何十億か何百億か知りませんが、命あるハエを殺生してここまできたわけですから...」
資料でいただいた新聞記事のコピーに、ハエ供養での社長あいさつの言葉が載っている。
「ハイは永年我々の仕事を助けてくれた影の主役。皆さんと共に感謝の気持ちを捧げたい」
同じやられるのなら、こういう会社のハエ取り紙に張り付いて死にたい、とハエも思うことだろう。

(いずみ あさと・コラムニスト)





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