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朝日新聞
『サザエさんをさがして ハエ捕り紙』

『朝日新聞』《平成17年7月30日(土)「be」》でハエ捕り紙の記事が掲載されました。記事掲載後多数のお問い合わせを頂き、誠に有り難うございました。


『朝日新聞』平成17年7月30日(土)紙面より抜粋

サザエさんをさがして

ハエ捕り紙〜日常にあった汚れと死〜

 

 昭和30年代、私が青森県で暮らした幼少の頃、自宅の居間にはハエ捕り紙が垂れ下がっていた。ハエがたくさん付着した粘着性リボンに、うっかり髪の毛をくっつけてしまい、往生したことがあった気がするが、「いやなことは忘れる」の法則が働いたか、詳細は記憶にない。
 磯野家にもハエ捕り紙はあった。1952(昭和27)年6月25日付で、台所の場面にさりげなく描いている。ただし、ハエ捕り紙は原画には存在するが、新聞紙面ではなぜか消されている。

 今回の掲載作はノリスケの失敗を描く。やはり、ハエ捕り紙の粘着力は半端ではない。

 当時、ハエは読者の共鳴を呼ぶ課題だったらしく、何度も4コマの主役を担った。53年6月には、サザエがハエたたきで追い回すが、ハエは電灯の上に隠れて人間をあざ笑う。その翌月には、マスオがハエと格闘するうちに、食事中だったことを忘れてしまう。

 55年から厚生省(当時)が、56年からは東京都が、ハエと蚊の撲滅運動を始めた。だが、成果は上がらず、65年には東京・夢の島でハエが大量発生した。

 磯野家には66年、殺虫スプレーが登場する。翌年にはさっそくギャグのネタになり、波平が間違えてヘアスプレーをハエに吹き付けている。

 国や都が駆除に手を焼いたハエは、殺虫スプレーで追いつめられ、網戸の普及で家に侵入しにくくなる。さらにクーラーの浸透によって夏でも窓を開けなくなり、閉め出された。「サザエさん」では、71年にワカメのケーキにとまった一匹を最後に、人心を惑わしてきたハエは主役の座を退く。

 天井からつるす型のハエ捕り紙は、カモ井加工紙(本社・岡山県倉敷市)が30年に製造販売を始めたものだ。商品名は「リボンハイトリ」。岡山の方言では、ハエを「ハイ」という。

 同社によると、リボンハイトリは、ピーク時の60年代で年間約4500万本を売り上げた。現在でも、殺虫剤をまけない食品加工工場や造り酒屋、製品への混入を避けたい塗装工場や製紙工場などで需要があり、昨年は約2400万本を販売。環境意識が高い欧米からの注目度も高まっているという。

 岡山県出身の作家、小川洋子さん(43)は、ハエ捕り紙に感慨をいだく1人だ。物心つく頃から自宅にあり、触ってみたこともある。

 「汚いものだとは思わず、ごく自然な風景でした。むしろ、ハエをキャッチしてくれる評価すべきものだと思っていた。どれくらいベタベタするものなのか、と誘惑された」と語る。

 小川さんは、ハエ捕り紙に付いたハエを観察するのが好きだったそうだ。不意打ちの死とは異なる、じわじわと弱ってゆく姿を見ながら、ハエの心情に思いをはせたという。

 「このハエはもうよみがえらない、と思い、子供心にちょっと残酷なものに興味をひかれた。当時、小さな死は日常にたくさんありました」

 汚れと緩慢な死が、どこの家にもぶら下がっていた時代は過去のものになり、今やハエ捕り紙はおおかたの家庭から消えうせた。そんな環境に育った世代から、電車のつり革につかまるのもいやがる「清潔症候群」が生まれたことは、あながち無関係でもあるまい。




朝日新聞
『絶滅寸前粘って復活 ハエ取り紙』
『朝日新聞』《平成16年7月26日(月)生活面》でハエ取り紙の記事が掲載されました。記事掲載後多数のお問い合わせを頂き、誠に有り難うございました。


『朝日新聞』平成16年7月26日(月)生活面より抜粋


 ダラーリと天井から垂れ下がったアメ色の油紙。所々でもがき、うごめく小さな影。下端には紙製の受け皿。「ご存じのハエ取り紙」とは言えないほど、最近はトンと見かけなくなった。若い人たちには、「何?それ」と言われかねない絶滅危惧種かもしれない。「実は私も使ったことがないんですよ」カモ井加工紙の販売次長、撰眞行さんは照れくさそうに笑った。23年に「カモ井蝿取紙製造所」として創業した同社の歩みは、日本のハエ取り紙の歴史ともいえる。ドイツからの高価な輸入品だったのを、国産で安く提供しようと取り組んだ草創期。ピークは65年ごろで、年間に4500万本以上出荷した。だが、殺虫剤や浄化槽の普及などで、今では国内需要は約500万本まで落ち込んだ。ところが、88年にコスト削減で工場をタイに移したところから海外需要が伸び始めた。行き先はアジアと思いきや、ほとんどが欧米。10年ほど前には国内向けと逆転し、今では年間1500万本に上る。
 「化学薬品を使いたくないという環境重視の思想が、背景にある」と撰さんはいう。畜舎を中心に使われ、フランス・イタリア・スペインなどで人気が高い。ハエ取り紙は元々、ハトロン紙に松ヤニを塗っただけ。ハエの群れる習性を利用し、1匹とまると次々にくっつく。粘着材は鉱物油に変わったが、誘引剤など化学薬品はゼロだ。
 農業でも注目されている。広島県世羅町。中国山地の中腹を走ると突然、巨大なガラス製ハウスが姿を現す。最新鋭の「世羅農園」。温度から水やりまでコンピューター制御されたトマト工場だ。苗の上に、大学ノート半分ほどの黄色い板がずらりとならぶ。表面に塗られた粘着剤にくっついているのはトマトの大敵コナジラミ。大好きな黄色に引き寄せられるという。卵は生物天敵ツヤコバチで駆除しているが、かえった成虫は粘着板で捕まえる。技術担当の柏薫さんは「化学農薬を使うと耐性を持つ虫が出てくる。あと2年ほどで化学農薬ゼロにできる手応えはつかんだ」と話す。粘着板をオランダから輸入するアリスタ・ライフサイエンスによると、03年の扱い量は前年比で2倍以上という。実は、カモ井加工紙も今年4月、農業用粘着シートを発売した。撰さんは「粘着技術では輸入品に負けません」と対抗意識をあらわにする。消えていくかと思われたハエ取り紙。
 粘着力を生かして、環境の時代に粘り強く生き残りそうだ。





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